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大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)11号 判決

原告

井上一夫

原告

石田貞男

原告

関二郎

原告

竹田貞之

原告

森口繁治

右五名訴訟代理人弁護士

杉山彬

岩嶋修治

被告

大阪府知事岸昌

右訴訟代理人弁護士

豊蔵亮

松村剛司

右指定代理人

反町徳

外四名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が、財団法人墓園普及会理事長大澤静雄に対し、昭和六〇年一二月二七日にした、別紙物件目録記載の土地を申請地とする墓地の経営を許可する旨の処分は、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案の答弁)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件許可処分の存在

被告は、昭和六〇年一二月二七日、財団法人墓園普及会(以下「墓園普及会」という。)に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件墓地計画地」という。)を申請地とする墓地(以下、右建設予定の墓地を「本件墓地」という。)の経営を許可する旨の処分(以下「本件許可処分」という。)をした。

2  本件許可処分の違法事由

しかし、本件許可処分は、以下の理由により違法である。

(一) 本件許可処分が営利目的の団体に対しなされたことの違法性

(1) いずれも厚生省環境衛生課長から各都道府県、各指定都市衛生主管部局長あて通知である、昭和四三年四月五日環衛境第八〇五八号「墓地、納骨堂又は火葬場の経営の許可の取扱いについて」及び昭和四六年五月一四日環衛第七八号「墓地等の経営について」によれば、墓地等の経営主体は、原則として市町村等の地方公共団体でなければならず、これにより難い事情がある場合であつても宗教法人、公益法人等に限るものであることが通知され、また、現に墓地等の経営主体が公益法人である場合であつても、いやしくも営利事業類似の経営を行うことなく、公益目的に則つて、適正な運営が行われるよう関係者に対し強く指導するよう求めており、これらの通知の意図するところは、墓地等の経営主体は、その施設の永続性と非営利性確保の観点から、営利目的の団体であつてはならず、また形式上公益法人であつても、その実態が営利事業類似の経営を行うものであつてはならないとするものである。

(2) ところが、本件許可申請人の墓園普及会は、昭和四四年九月二七日に株式会社メモリアルアートの大野屋(当時は合名会社大野屋、以下「大野屋」という。)が基金を提供して設立され、理事長は大野屋の代表取締役大澤静雄であり、理事大澤良之、同土屋昌平、同菊地康盛は、いずれも大野屋の取締役であつて、墓園普及会の東京事務所は、東京都小平市内の大野屋の本社ビル内にある。また、墓園普及会の経営管理にかかると称する猪名川霊園(兵庫県猪名川町)、狭山湖畔霊園(埼玉県所沢市)、入間メモリアルパーク(埼玉県入間市)についても、いずれも大野屋の名で、大阪の環状線、地下鉄等の車内広告で大々的に墓地の宣伝をしている。

(3) さらに、本件墓地計画地については、その所有者である達山太源を債務者として、昭和六〇年二月二八日金銭消費貸借を原因とする債権額二億四五〇〇万円と同年一二月一一日金銭消費貸借を原因とする債権額二億三〇〇〇万円の、いずれも、抵当権者を大野屋とする抵当権設定登記がなされている。

(4) 以上の事実からすれば、墓園普及会は、営利事業を目的とする大野屋が、その営利目的のために墓地経営の許可を得るための便宜上設立したものにすぎないことが明らかであり、その実態は、営利目的の団体である。

したがつて、本件許可処分は、本来、墓地経営の主体として、許可されるべきでない営利目的の団体に対し、前述の各通知に反してなされた違法なものである。

(二) また、本件許可処分には、以下のとおり、手続的違法がある。

(1) 本件墓地計画地の開発行為については、千早赤阪村土地開発行為に関する条例三条により、開発者は、あらかじめ同条項に掲げる事項を村長に届出し、かつ、協議しなければならないとされているところ、右協議事項については、同条例三条七号、千早赤阪村土地開発行為に関する条例施行規則二条により、千早赤阪村開発指導要綱に定められた事項とするものとされている。

(2) 千早赤阪村開発指導要綱二一条一項、二項によれば、開発者は、用排水について水利関係者と協議し、その同意を得なければならないこととされており、また右条例施行規則三条によれば、開発行為の届出、協議には、排水放流同意書の提出が必要とされ、かつ、右同意書の様式としては、水路放流についての計画図書を添付し、屎尿浄化槽汚水の放流の有無について明らかにしたうえで、当該水路に放流することについて、水利組合長ならびに地元区長の同意の署名捺印をもらわなければならないこととなつている。

(3) これらの諸規定からすれば、千早赤阪村において、土地の開発行為をしようとする者は、用排水について予め水利関係者と協議し、その同意を得なければならないこと、かつ、水利関係者の同意を得たことを証する書面として、前記の様式に従つた排水水流同意書を村長に対し届出しなければならないことが明らかである。

(4) ところが、本件で、墓園普及会から提出された排水放流同意書は、屎尿浄化槽汚水の有無についての記載がなく、水利組合長の同意の署名捺印もないものであるうえ、右同意書は、本来、予め村長に届出しなければならないとされているにもかかわらず、右同意書の日付は、本件許可申請が千早赤阪村長を経由して被告になされたのちの昭和六〇年九月二〇日付のものである。

(5) 以上のとおり、本件開発行為の許可申請については、千早赤阪村の定めた前述の条例等により、水利関係者の事前の同意が必要とされているにもかかわらず、原告らを含む水利関係者の同意がないまま、千早赤阪村長を経由したものであるから、その申請手続に違法があり、本件許可処分も違法である。

3  原告らの原告適格

(一) 原告井上一夫は、本件墓地計画地から北西に約一二〇メートル、同石田貞男は、北西に約一三〇メートル、同関二郎は、北西に約八〇〇メートル、同竹田貞之は、北西に約一五〇〇メートル、同森口繁治は、北西に約一六〇〇メートルのところに、それぞれ土地建物を所有して居住しているほか、原告関を除く四名の原告らは、いずれも本件墓地計画地から三〇〇メートル以内のところに、右居住土地以外の農地等を所有している。

(二) 本件許可処分の根拠法規である墓地、埋葬等に関する法律(以下「墓埋法」という。)一〇条一項、及びそれに基づく大阪府墓地等の経営の許可等に関する条例(以下「墓地条例」という。)は、以下のとおり、墓地周辺に生活する個人の利益をも一定の限度で保護する趣旨を含むものである。

(1) 墓地条例七条の規定は、墓地、火葬場近辺の公衆衛生、環境衛生を確保することによつて、地域関係住民の健康を保持、増進させるため、その設置場所についての許可基準を定めたものであるが、右設置許可の第一要件は、墓地ないし火葬場の設置場所が、「住宅、学校、病院、事務所、店舗その他これらに類する施設から三〇〇メートル以上離れていること」(同条一号)であり、第二の要件は「飲料水を汚染するおそれのない場所であること」(同条二号)である。

(2) 公衆衛生に関する行政は、その運営を誤れば、地域関係住民の個々の健康にも被害を及ぼすことになりかねないのであつて、これを防ぐため、右条例は、距離制限と飲料水汚染のおそれを許可基準としたものである。したがつて、この基準はかかる地域全般の住民の健康確保という行政本来の公共の福祉目的を達成しようとするものであると同時に、一定距離内における、住宅、学校、病院、事務所、店舗等、住民がこれに居住、滞留する施設をあげて、その範囲に関係する住民の健康を具体的に保護する趣旨をも含むものであり、また、飲料水の汚染のおそれを定めることにより、その飲料水を生活上利用している個々の住民の健康をも法律上保護しようとするものといわざるを得ない。

(三)(1) 原告らは、前記(一)のとおり、そのほとんどが墓地条例七条一号に定める距離関係に、住宅、農地等を有するほか、原告関、同井上、同石田は、本件墓地設置場所に接して流れくだる水越川に接してそれぞれ井戸を所有し、これを日常の飲料水として利用しているものであり、墓埋法及びそれに基づく墓地条例七条が、個別的にその保護を図つている墓地計画地の周辺住民であるところ、本件墓地造成により、以下のように、その法律上保護された利益を侵害されるおそれがある。

(2) 原告らは、本件墓地計画地の北側に隣接して国道三〇九号線との間を東から西方向に流れる仲代水路、日頭水路の水を農業用水(一部生活用水)として利用しているものであるが、本件墓地造成の結果、右水路に土砂、塵埃、廃棄物、汚水等が流入することにより、農作業に対する支障が出たり、農作物に対する被害を受ける蓋然性が極めて高い。また、原告らは、いずれも本件墓地計画地の近隣に居住し、かつ、農地等を所有しているが本件墓地が作られることにより、所有地の価格が著しく低下することは必至であり、この面からも被害を蒙るものである。また、前記水越川に接して井戸を所有している原告三名については、本件墓地の造成により、その飲料水が汚染される蓋然性も極めて高いといわなければならない。

4  よつて、原告らは、被告に対し、本件許可処分の取消を求める。

二  被告の本案前の申立に関する主張

原告らには、本件訴訟の原告適格はない。その理由は、以下のとおりである。

1  法的に保護された利益の欠如

(一) 抗告訴訟における原告適格の有無は、原告が、法的に保護された利益の主体であり、かつ処分により、その利益を害されるか否かで決まるものであるところ、右法的に保護された利益と、行政法規が別の見地から行政権の行使に一定の制約を課している場合に、その制約によつて、特定の個人が事実上受ける利益たる反射的利益とは区別されなければならない。

(二) ある処分によつて侵害された利益が法的に保護された利益か反射的利益にとどまるかは、行政法規の解釈によつて定められるところ、最高裁判所昭和五七年九月九日第一小法廷判決(いわゆる長沼ナイキ基地訴訟上告審判決)は、ある法律が、その趣旨としては、不特定多数の者の受ける生活利益を保護しているとしても、それらの利益のうち、一定範囲のものにつき、公益と並んで保護すべき個人の個別的利益としてとらえることができ、かかる利益の帰属者が、一定の行政庁の処分により、利益を侵害されたときには、当該処分の取消の訴えを提起する原告適格を有する場合があることを認めるが、右の、法律が、公益とともに個人の個別的利益をも保護しているか否かについては、当該法律の規定の厳密な条文解釈を行い、そのうえで判断を下すという態度をとつている。

(三) これを本件についてみると、墓埋法は、その目的を、「国民の宗教的感情に適合し公衆衛生その他公共の福祉の見地から」墓地の管理等が適正に行われることに求めており、したがつて、墓埋法が、公益を保護する趣旨であることは間違いないが、同法は、それ自体、なんら、周辺住民の具体的利益を明らかに考慮したような許可基準を一切置いておらず、また、許可基準を定立するよう下位規範に委任もしていないし、また、周辺住民が、処分に関し異議のあるときは、意見書を提出したり、公開の聴聞手続に参加できるとするような、前記長沼ナイキ基地訴訟判決における、森林法二九条、三〇条、三二条に相当する規定もないのであるから、結局、同法は、公益と並んで周辺住民の具体的利益を保護しているとはいえない。

(四) 墓地条例七条には、原告ら主張のように、墓地及び火葬場の設置場所の基準の定めが置かれ、その一号には、「住宅、学校、病院、事務所、店舗その他これらに類する施設の敷地から三〇〇メートル以上離れていること」との規定がある。しかし、右規定は、以下に述べるとおり、周辺住民の個別的利益をも保護する趣旨を含んでおらず、知事の許可に関する裁量権行使の基準を具体化したものにすぎない。すなわち、前記墓埋法の解釈で述べたとおり、ある法律が、公共の利益の見地から制定されているとき、そのことから当然に、周辺住民の具体的利益をも保護するものとはいえず、その判断の基準は、当該法律の厳密な条文解釈から、周辺住民の具体的利益をも保護する趣旨と認めうるかどうかであり、具体的には、処分に関し異議のある住民に、意見書提出や、公開の聴聞手続に参加することを認めているか否かにより決せられ、この理は、条例であつても同様である。右の視点から墓地条例をみると、知事の許可処分について、周辺住民に異議等を述べる機会を保障した規定は全く存しない。なお、右条例七条一号は、その但書において、「知事が公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは、この限りでない」旨規定しているところ、これは、条例自体、墓地経営許可に関する知事の裁量権行使について公益の見地からのみ考えていることの証左である。とすれば、墓地条例七条一号の規定は、知事の許可に関する裁量権行使が、公共の利益を害することのないようその判断の基準を具体化したにとどまり、仮にこれによつて周辺住民が利益を得るとしてもそれは反射的利益にすぎず、右条例の規定が、周辺住民の具体的利益を保護しているとはいえない。

2  なお仮に、墓埋法等が、個人の個別的利益を保護しているとしても、本件墓地の造成においては、これにより生ずるおそれのある土砂、塵埃、廃棄物、汚水等が本件墓地計画地外に流出することがないよう万全の措置を講ずることとなつており、本件墓地造成によつて原告らに、原告らが主張するような不利益は、なんら生じないから、原告らは、本件許可処分の取消を求める原告適格を有しない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の事実中、(1)の原告主張の各通知の存在することは認めるが、(2)、(3)の事実は知らず、(4)の事実及び主張は争う。

(二)  同2の(二)の事実及び主張は争う。

3(一)  同3の(一)の事実は認める。

(二)  同3の(二)の事実中、原告ら主張の法律及び条例の規定の存在は認めるが、その主張は争う。

(三)  同3の(三)の(1)の事実中、原告らが、請求原因3の(一)記載の距離関係に住宅、農地等を所有していることは認めるが、原告関、同井上、同石田が、水越川に接してそれぞれ井戸を所有し、それを日常の飲料水に利用していることは知らず、また、その主張は争う。同(2)の事実中、原告らが、本件墓地計画地の北側に隣接して国道三〇九号線との間を東から西に流れる仲代水路、日頭水路の水を農業用水として利用していることは認めるが、その水を一部生活用水として利用していること及び本件墓地が作られることにより、原告らの所有地の価格が著しく低下することは必至であることは知らず、本件墓地造成の結果、右水路に土砂、塵埃、汚水等が流入することにより、農作業に対する支障や農作物に対する被害を受ける蓋然性が極めて高いこと及び原告らの前記利用にかかる飲料水が汚染される蓋然性が極めて高いことは否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(本件許可処分の存在)は、当事者間に争いがない。

二被告の本案前の申立(原告適格)について

1  本件墓地計画地が、別紙物件目録記載の土地一四筆であること並びに原告らが、請求原因3の(一)記載のとおり、右本件墓地計画地の近くに居住用の土地建物、あるいは農地を所有しており、また、本件墓地計画地の北側に隣接して、国道三〇九号線との間を東から西に流れる仲代水路、日頭水路の水を農業用水として利用していることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  ところで、処分の取消の訴えは、「当該処分の取消しを求めるにつき、法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法九条)に限り提起することができ、右法律上の利益を有する者とは、当該処分により、自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解されるところ、本件のように、法律が、公益目的実現のため、国民にある行為(墓地等の経営)をすることを一般的に禁止制限したうえで、特定の場合に行政処分(許可)でその行為をすることを許容している場合、右許可によつて不利益を蒙る第三者(周辺住民等)が、法律上保護された利益を有するといえるか否かは、当該法律の定める処分要件(許可基準)が、もつぱら、公益保護の観点からのみ定められているか、あるいは、それと同時に右第三者の個人的利益保護の趣旨をも含むかによつて決まるものであり、換言すると、右処分要件の趣旨が、それを設けることによつて保護されるべき利益を、単に、不特定多数者の利益全体を包含する一般的公益ととらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する利益に制限を課している場合には、右不特定多数者の個々人の具体的利益は、右公益の保護を通じて附随的、反射的に保護される利益にすぎず、かかる利益は法律上保護された利益にあたらないと解されるのに対し、法律が、右不特定多数者の利益を一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につき、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護する趣旨を含んでいる場合には、その利益は、法律上保護された利益にあたると解される(最高裁判所昭和五七年九月九日判決民集三六巻九号一六七九頁参照)。

3 本件についてこれをみるに、墓埋法は、墓地、納骨堂又は火葬場(以下「墓地等」という。)の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とすることを明定している(同法一条)こと、同法一〇条一項は、墓地等を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めているが、同法にはその許可の具体的基準を定めていないし、その基準の定立を条例等に委任する規定もないこと、また、同法には右墓地等経営の許否を決するにあたり、事前に、意見書の提出や、公開の聴聞手続等の形で、墓地設置予定場所の付近住民の意見を聴取するとか、あるいは、その許可処分に不服のある付近住民が、その決定に対して異議を申立てることができる等墓地計画地の周辺住民の個別的利益を直接保護していることを推知させるような規定は、まつたく存しないことなど、墓埋法の立法趣旨、目的、その法条全体の構成、規定内容等に照らして、同法一〇条の許可制の趣旨を考えれば、同法条は、墓地等の経営を一般的、無条件に許容するときは、墓地等の管理及び埋葬等が、同法の目的とする国民の宗教的感情の尊重、公衆衛生の確保等の公益の実現を阻害するおそれのあることに鑑み、それを都道府県知事が公益的見地から行う裁量行為としての許可制にし、このような公益を阻害するおそれのない場合等に限り、その自由な裁量的判断で、これを許可することとしたものであり、同条において、具体的な許可基準を定めなかつたのは、墓地等の経営が高度の公益性を有するとともに、事柄の性質上、各地域ごとの風俗習慣、宗教活動、地理的条件の差異等を考慮する必要があり、一律的な裁量基準になじみがたい点を考慮したためと解されるのであつて、同法の定める許可制が、周辺住民等の個別的利益をも保護する趣旨を含むものと解することはできない。

4 もつとも、墓地条例七条は、「墓地及び火葬場は、次に掲げる基準に適合する場所に設置しなければならない。」としたうえ、その一号で、「住宅、学校、病院、事務所、店舗その他これらに類する施設の敷地から三〇〇メートル以上離れていること。ただし、知事が公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認められるときは、この限りでない。」とし、また、その二号で、「飲料水を汚染するおそれのない場所であること。」という要件を設けているけれども、同条例は、墓埋法一〇条の規定による経営の許可等に係る墓地等の設置場所、構造設備及び管理の基準その他必要な事項を定める(同条例一条)ものであつて、墓埋法と異なる観点から、独自に墓地等の経営の許可の条件の基準を定めているものではないこと、同条例七条一号但書では、墓地設置予定場所から三〇〇メートル以内に、住宅、学校等の施設があつても、知事が公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは、墓地等の設置を許可できるものとし、同条号の距離制限の基準を絶対的なものとすることなく、右制限基準に該当する場合であつても、知事の公衆衛生その他公共の福祉の見地からする裁量により許可する途を開いていること、また同条例においても、墓埋法一〇条の許可の申請に際し、事前に、それについて、意見書、または聴聞手続等の形で、付近住民等の意見を聴取し、あるいは、墓地等の設置に関し、不服のある住民が、異議申立をすることができる等、墓地計画地の周辺住民の個別的利益を直接保護していることを推知させるような規定は、なんら存しないこと、以上の諸点を総合考慮すれば、同条例七条の規定は、墓埋法一〇条の規定に基づいて、知事が、墓地等の経営の許否を決定するにあたつてなすべき裁量権行使が、公共の利益を害することのないよう、その判断の基準を具体的に定める趣旨のものと解するのが相当であつて、右規定が墓地予定地の周辺住民の個別的利益をも保護する趣旨のものと解することはできない。

5  以上の次第で、墓埋法一〇条一項、墓地条例七条の規定は、公衆衛生等の一般的公益保護の見地から、墓地等の経営を許可にかからしめ、かつ、その観点からその許否を決するという立場をとつていることが明らかであり、結局、右法令は、墓地計画地の周辺住民を含む不特定多数者の利益を、右一般的公益の中に吸収解消せしめ、その保護を通じて附随的、反射的に右不特定多数者の保護を図つているにすぎないと解せられるから、原告らが、本件許可処分によつて侵害されると主張する利益は、法律上保護された利益にはあたらないというべく、原告らは、右処分の取消を求める原告適格を有しないというべきである。

三よつて、本件訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官及川憲夫 裁判官植屋伸一)

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